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2006,12,15, Friday
仏尊の話し「信仰」6
大黒信仰
大黒天信仰の起源は古代インドにまでさかのぼりますが、この当時は破壊神としての 性格が大きく現在の大黒様の性格とは異なりました。 それがインドから中国へ伝わり何時しか厨房の神、食の神としての性格に変わっていったようです。 日本に伝来して来たのは平安時代と云われ、真言密教や天台密教と同時に伝わったと 思われます。 以後天台宗を開いた最澄(さいちょう)が三面大黒天を勧請して比叡山に祀ったりして 全国に広がっていきました。 大黒天は古代インドの破壊神の異名を持ちますが、日本に入り神道の神である 大國主神と同一視され現在のお姿になり、七福神の一神 として数えられるようになりました。 一般には床の間に恵比寿様と大黒様と並んで家庭を守っておられます。 又、福の神として千人の人を養い食を満たすとされ天台宗系の寺院の厨房には多く 祀られました。 大黒天は福徳の神様として多くの人々の信仰を集めたのです。 大黒様に祈願する時は「おん まかきゃらや そわか」と三度唱えてご祈願ください。 七福神とは 七福神はその名の通り七人の福の神を言います。 室町時代頃から大流行したと伝えられ、福徳のある神様を集めたものですが、 実は仁王経と言うお経がありその中に「七難即滅・七福即生」と言うのがあり、 これが七福神の由来だと伝えられます。 七福神は現在の神様になるまで多くの神様が入れ替わりましたが現在は、 豊作と福徳の大黒天・大漁満足と商売繁盛の恵比寿・長寿の寿老人・知恵の福禄寿 金運と家庭円満の布袋和尚・技芸弁才と金運の弁財天・戦勝武運と財宝福徳の毘沙門天と なっております。 地方によっては、吉祥天を加えて八福神としているところもあるようです。 七福神の巡礼は江戸時代あたりから庶民に親しまれ、お正月になると福を求めて参拝する 人々で溢れたそうです。
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