善光寺信仰
善光寺と阿弥陀如来図善光寺信仰とは信濃の国(現在の長野県)にある善光寺を信仰するものである。
よく昔から「遠くとも一度は詣れ善光寺」とまで云われ、一生のうちたった一度でも良いから参拝しなさいと伝えられております。
善光寺の起源は今から1400年も昔に本田善光によってお堂に祀られたと云います。
初めは現在の長野県飯田に祀られましたがしたが後に(642年)天皇の命で現在の地に
祀られる事となり伽藍が整備されたと伝えられます。
善光寺は本田善光の名をもらい付けられたのが善光寺になったと云います。
時代と共に信仰者が増え行き全国に浄土思想が流行するとさらに本尊である阿弥陀様に
すがろうと大勢の参拝者が駆け寄りました。
戦国時代になると善光寺平あたり川中島付近で戦国時代の猛将武田信玄と上杉謙信が
信濃の覇権をめぐり争う事になり、善光寺が兵火にのまれるのを防ぐため、
謙信はお前立本尊を越後(現在の新潟県)に信玄は御本尊を甲斐(現在の山梨県)に
共に移し兵乱から善光寺仏を守りました。
武田信玄が他界すると一気に織田、徳川連合軍が武田家を滅ぼし、善光寺本尊は
織田信長や徳川家康などの手にわたり、最後には豊臣秀吉の手によって京都の方広寺の
本尊として迎えられたのですが、秀吉が病に倒れた時、秀吉の夢枕に善光寺本尊が出てきて
「信濃の地に戻りたい」とお告げを出されました。
秀吉の死後、42年ぶりに善光寺本尊は故郷に帰ることが出来ました。
善光寺の本尊は一光三尊の阿弥陀如来で、三国伝来(インド、中国、日本とそのまま
齎された貴重な本尊で、
絶対秘仏として祀られているのです。一部の文献では善光寺如来は日本最古の霊像だとも記している物もあり
如何に有難く霊験があるかが伝わります。
絶対秘仏について秘仏は、お堂の中の厨子奥深くに祀られ特別な法要の時にのみしか、見る事の出来ない
仏像を指して云いますが、絶対秘仏とは、その言葉が示す通り絶対に見る事が出来ない
仏像を云い、非常に神秘的な感じがいたします。
絶対秘仏は日本各地に数ヶ所しかありませんが、善光寺本尊や浅草の浅草寺本尊、
東大寺の二月堂本尊は非常に有名です。
秘仏にされるのは信仰上の理由が殆どですが、権力にまかせて無理やり扉を開けた
人などが恐ろしい仏罰を受けた例もあるので、見てはいけない物を見るのは危険ですよ。
しかし見るなと言われると見たくなるのが人間です。
でも止めましょうね。