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仏尊の話し「信仰」15
熊野信仰
青岸渡寺と大滝

熊野信仰とは、紀伊半島南部に位置する場所の聖域で日本書紀に伝えられる
イザナミノミコトが黄泉の国に入られた所です。
熊野信仰はこの聖域に位置する熊野三山「熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社」の
神仏に対して祈り信仰する事を云います。

古い時代から皇室からも信仰を受けて、宇多法皇を最初に、後白河法皇など数え切れないくらいの皇室が熊野に参拝しております。この法皇が熊野に参拝する事を「熊野御幸」(くまのごこう)と云います。

熊野には古来日本の神々が祀られておりますが、平安時代に入ると神仏混合思想が流行して
熊野本宮には阿弥陀如来を熊野那智には観音が祀られ、多くの修験者たちが奈良大峰山から
熊野に抜けて祈願する道のりが出来て行きました。

そしてこの熊野信仰は諸国を巡り歩く修験者たちによって全国に広げられ各地にその、
分霊を祀る熊野神社が建立されて行きました。
又、それと同時に各地からも熊野参拝の人の群れが大勢連なったと伝えられます。

このような状況の中一つの物語が伝えられております。
それは「道成寺物語」と云われる物で、ある時、奥州から熊野へ参拝しようと一人の修行僧
の安珍は一夜の宿を求めた、そこに居た一人娘の清姫と云う女人に一目惚れされ求愛して
来たが、修行中の身の上まさか女人と交わる事も叶わず断ったのですが、清姫は諦められず
求愛してきたのです。安珍は「ならば熊野参拝の後必ず戻って参りますので」と約束し、
その場をしのいだのでした。

しかし清姫がいくらまでども暮らせども安珍は現れません。
清姫は苦しさのあまり安珍を追い求めました。やっとの思いで安珍と再会したのですが、
安珍に「人違い」だと言われ、裏切られたと逆上し物凄い形相になって怒りました。
恐ろしくなった安珍は「南無金剛童子我を救いたまえ」と唱えると一瞬清姫の目の前が
眩しくなりその後、安珍は消えておりました。

安珍は道成寺と云う寺院に逃げ込み助けを求め、そこの僧に釣鐘の中に隠れなさいと
云われて身を隠しました。
さらに怒り狂った清姫は火を吐く大蛇に身を変えて道成寺に隠れた安珍を釣鐘もろ共
焼き殺してしまっいました。その後を追って清姫は入水自殺したと云う悲恋物語が
伝えられおります。
このような熊野関連の物語は数多く伝えられているようです。

山形県南陽市には熊野の分霊を勧請して来た熊野大社が鎮座しており、日本三熊野としても
有名です。

| - | 12:33 PM | comments (0) | trackback (0) |
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